滋賀県の銀行と近代産業

 滋賀県の近代化や地域の産業の発展と、地元の銀行とは密接にかかわっている。ここでは史料館収蔵の「銀行帳簿」等を素材に、主に銀行サイドの視点から地域の近代化の歩みを概観する。

近江鉄道列車発着時間表并賃金表  明治32年(1899)
(村西家文書 交通19)

八幡銀行と百三十三銀行
 八幡銀行を設立したのは、松前屋西川伝右衛門家の10代目当主西川貞二郎ら八幡商人であった。これに対して、百三十三銀行の設立にあたって中心的役割を果たしたのは旧彦根藩士たちであった。同行の3代頭取である弘世助三郎(彦根の紙商出身)は、大阪鉄道(現JR大和路線)や日本生命の発起に関わるなど、数多くの近代産業の創設に尽力した人物として知られている。


近江鉄道について
  明治26年(1893)11月15日、中井源三郎(質商・酒造業、日野町長)を総代として、小林吟右衛門(湖東の豪商丁吟)、林好本(彦根町長)、正野玄三(日野の薬種商)ら43名は、彦根から関西鉄道(現JR草津線)深川駅まで26マイルの近江鉄道を出願、29年1月17日免許申請した。同社創業の推進者は、林・石黒努・堀部久勝ら旧彦根藩士グループの中核にあった西村捨三(沖縄県令や大阪府知事を歴任した人物)であったとみられる。

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