完全競争市場と不完全競争市場

 今回の講義では完全競争市場について説明をした。完全競争市場は企業と家計が価格のみを判断基準にして行動する市場であり、経済学では理想的とされる市場である。ミクロ経済学概論ではこの完全競争市場のみを取り扱っていくことになるのだが、現実の市場で完全競争市場と呼べるものはほとんどないといってよい。ここでは、完全競争市場に関する説明の補足を行うとともに、完全競争市場の条件が満たされていない不完全競争市場にはどのようなものがあるのかを説明していく。

 ここでは米市場を例にとって完全競争市場と不完全競争市場の違いについて説明していく。
 
 完全競争市場の前提条件1.財の同質性 2.多数の需要者・供給者 3.情報の完全性 4.市場への参入退出の自由を米市場にあてはめるとどういう風になるだろうか?
 
 まず、1.財の同質性については"各農家が生産する米の品質はすべて同じである。"ということになる。この事が成立すると、家計は米の品質自体はどの農家が生産するものでも同じなのだから最も安い価格を付けてくれる農家の米を買おうとするだろう。これより、米を需要する立場である家計がどの農家が生産する米を消費するか決定する際の判断基準は価格のみとなる。一方、生産者である農家側から見ると、財の同質性が意味することは、1軒の農家は他の農家がつける価格よりも高い価格を勝手につけることが出来ないということである。1軒1軒の農家の作る米の品質はすべて同じであるわけだから、他の農家のつける価格よりも高い価格をつけてしまうとその農家の米を買おうとするものは誰もいなくなることになる。このことは、逆にもしも他の農家が付ける価格よりも低い価格をつけることによって家計からの需要を独り占めすることが出来ることも意味している。しかし、そういうことには実際にはならない。なぜなら、1軒の農家が抜け駆けして低い価格を付けるとそれを知った農家はみなそれに追随して低い価格を付けることになるからである。

 このように財の同質性によって1軒1軒の農家は他の農家と違う価格を勝手に付けることが出来ないわけだが、これが成立するためには3.情報の完全性が成立していなければなりません。情報の完全性とは、”米の品質に関する情報、米の価格に関する情報(各地で米がどのような価格で売られているのか)といったものがすべての家計・農家に公平に行き届いている”ということである。例えば家計が米の品質に関する情報を持っていない場合、農家は品質に関して嘘を付くことによって(例えば他の米に比べておいしいとか)実際は同品質の米なのに他の農家のものより高く米を売りつけることが出来るだろう。こうなると同じ品質の米について二種類の価格が成立してしまうことになるが、そういうことがないように情報の完全性は必要となる。米の価格に関する情報も同様である。例えば大阪では米を1KG1000円で販売しているのに対し、東京では900円で販売されているとしよう。もしも大阪の人が実は同じ米が東京で900円で販売されているということを知ってしまうと大阪では米を買わずに東京からお米を調達しようとするだろう。しかし、もしも価格に関する情報が大阪の人に伝わっておらず東京では900円で販売されていることを知らなかった場合、(売る人が日本では米は1000円で販売されていると嘘をつくことによって)大阪では1000円という価格が成立することになるだろう。このように、価格に関する情報に偏りがあると場所によって価格が異なってくることがあるが、情報の完全性を仮定することによってこの可能性をなくそうということになるのである。このように、情報の完全性が成立することによって同品質である米の値段は日本国中で一つの価格に決まることになるのである。このように一つの財に一つの価格が付くことを一物一価の法則と言います。

 ここまでのことをまとめると次のようになります。

 
 
 このように、財の同質性と情報の完全性が成立している場合、農家は自分勝手に価格を設定することができず他の農家の設定する価格と同じ価格をつけなければなりません。今”価格をつけなければならない”と書きましたが、各農家が自分勝手に価格を設定できないのであれば、価格は誰がどのよううに設定するのでしょうか?という疑問が出てきます。これは前回の講義で述べられたように、完全競争市場の場合、価格を決定するのはあくまで市場全体の需要と供給のバランスであり、農家はその価格を与えられたものとして行動する経済主体と位置づけられます。すなわち、価格を決定するのは市場であり、農家はその価格を与えられたものとして行動する価格受容者(プライス・テイカー)にすぎないのです。この農家がプライス・テイカーとなるために必要な条件というのが2.多数の需要者・供給者4.市場への参入退出の自由になります。

 なぜ農家がプライステイカーとなるためにこの二つの条件が必要かを考えるときに、この二つの条件が成立しないときにどのようなことが起こるかを考えた方が分かりやすい。例えば、全国の農家が集まり一つの企業(大日本米会社とでもしよう)を作ったと仮定しよう。米市場への供給はこの大日本米会社のみが独占して行うので、この場合米市場は独占市場となる。完全競争の条件である多数の需要者・供給者が成立しなくなるので、独占市場は完全競争でなく不完全競争市場になる。この場合、大日本米会社はライバルとなる企業がいないため、自らの利潤を最大にする価格を自由に設定することが出来る。すなわち、大日本米会社は価格を設定することが出来る価格決定者(プライス・メーカー)になるのである。このことを言い換えると、大日本米会社は米を供給することのできる唯一の企業であるために価格支配力を持つともいいます。ライバルがいないことをいいことに大日本米会社は高めの価格設定を行おうとするでしょう。
 
 では、米を市場に供給する企業が東日本米会社と西日本米会社の二つになるとどうなるでしょうか?この場合、どちらの企業も独占のときのように自らの利潤を最大にする価格を勝手につけることが出来ません。なぜなら、相手方の企業にそれよりも低い価格を付けられてしまうと家計の需要をすべてとられるからです。このため、米を供給する企業が2社ある場合、独占市場のときのような価格支配力を持つことはできません。しかし、二つの企業は、ともに多くの利益を得るために価格を高めに設定したいと思っているわけですから、二つの企業が共倒れにならない程度に価格を高めに設定しようということに自然となるでしょう。この場合、独占ほどではないけど2つの企業は価格支配力を持つと考えられます。企業数が3社・4社となってもある程度同じ議論が成立します。すなわち、市場に存在する企業の間で共倒れにならない程度に高めの価格を設定することが、市場にすでに存在する企業にとって最も合理的な行動になるのです。このように市場への供給者が2社・3社・4社とごく少数の場合、この市場のことを寡占市場といいます。この場合、独占ほどではありませんが企業は価格支配力を持つことが出来ます。

 価格支配力は市場に存在する企業数が多くなればなるほど小さくなっていきます。ライバル企業の数が増えれば増えるほど自分だけ勝手に価格を上昇させることによる利潤の増加が減少するためです。完全競争の条件2.多数の(需要者・)供給者が成立する場合、供給者の価格支配力は全くなくなります。このとき、供給者(農家)はプライス・テイカーとなるのです。では、市場における供給者が少数でなく多数となるために必要なものは何か?これが4.市場への参入退出の自由となります。独占市場や寡占市場のような市場で企業が価格支配力を発揮して高い利益を得るとしても、市場への参入が自由であるならば、すでに市場に存在している企業よりも低めの価格を設定することによって市場からの利益を横取りしようとする企業が参入してくるでしょう。このような企業が多数参入することによって市場における供給者の価格支配力はどんどん弱まっていき、多数の供給者が存在する完全競争市場が成立するようになるのです。このように、2.多数の(需要者・)供給者が成立するためには4.市場への参入退出の自由は必要となってくるのです。逆に独占市場や寡占市場が発生するのは、政府の規制やすでに市場に存在する企業が結託することによって市場への新たな参入が起こらないようにしているためであることが多いのです。
 
 これに対して、多数の供給者が存在しているにもかかわらず、各供給者がある程度の価格支配力を持つことが出来ることがあります。それは、完全競争の条件1.財の同質性が成立しないときです。すなわち、各農家が生産する米の品質が異なる場合です。財の同質性が成立せず、各農家が生産する米が差別化されている場合(例えば特別おいしいとか健康に良いとか)、例え他の農家がつけている価格より高めの価格を設定したとしても、需要のすべてが価格の安いよその米に流れずある程度の需要を見込むことが出来るでしょう。この場合農家はある程度の価格支配力を持つと考えられます。その品質に対して高い評価を得てブランド力を持つほど(例えばコシヒカリなど)、よそより高めの価格設定をしても需要を確保することが出来るでしょう。このように、各供給者の提供する財が差別されており、市場への参入が自由にもかかわらず各供給者が価格支配力を持つような市場の事を独占的競争市場といいます。この市場は完全競争の条件1.を満たしていないわけだから当然不完全競争市場の一種ということになります。

 これらのことを簡単にまとめると次のようになります。