附属史料館で近江の文化を学ぶ

青柳 周一 (経済学部附属史料館助教授)

 経済学部附属史料館では滋賀県下の古文書・民俗資料を豊富に収蔵しており、なかでも中井源左衛門家文書をはじめとする近江商人関係史料や、国の重要文化財に指定されている中世三文書がとくに有名です。
 しかし附属史料館では、このほかにも実にさまざまな種類の古文書・民俗資料を収蔵しています。そして、これら史資料一点一点が、近江国そして滋賀県がいかに豊かな歴史と多彩な文化を育んできたかを雄弁に物語る貴重な文化財なのです。
 附属史料館ではこれら史資料について調査・研究を進めていますが、同時に学内外に向けての幅広い公開に努めています。たとえば附属史料館の二階閲覧室では、『収蔵史料目録』やカードを検索することによって、誰でも史料を実際に手にとって閲覧することができます。また一階展示室では収蔵史資料を用いて、年に二回(春・秋)開催する企画展や、常時見学が可能な常設展を行っています。
 附属史料館には専門の歴史学研究者から、地域の歴史に興味を持ち、自主的にこれを学びたいと考える一般市民まで、毎年数多くの人々が訪れます。滋賀大学環境フォーラム編『滋賀大学で環境を学ぶ』にならうならば、誰でも「附属史料館で近江の文化を学ぶ」ことができると言えるでしょう。
 ここでは、附属史料館の豊富な収蔵史資料のうち、個性ある史料群をいくつか紹介することにします。


「宗旨御改帳」
(大浜家文書)

「近江名所図会」(真崎文庫)

【大浜家文書(おおはまけもんじょ)大浜家文書は、東浅井郡びわ町大浜の大浜太郎兵衛家に伝わった文書です。大浜家は、江戸時代にこの地域を治めていた大和郡山藩から大庄屋(おおじょうや)に任じられていました。
 江戸時代にはそれぞれの村ごとに庄屋や名主など村役人が置かれていたのですが、大庄屋とはそれら村役人を統括して何ケ村にもわたる広い範囲での支配を行う役職で、領主から苗字帯刀を許されていました。
 大庄屋である大浜家のもとには、江戸時代を通じて法令・租税・戸口調査・訴訟ほかさまざまな地域支配に関わる文書が多数蓄積されました。大浜家の約七,三〇〇点の文書は、一括して附属史料館に寄託されています。

【真崎文庫(まがさきぶんこ)真崎文庫は、近江八幡の真崎重右衛門氏が収集した史資料です。真崎氏は『滋賀県八幡町史』(一九四〇年刊行)の母胎となった月刊の歴史新聞『太湖』の同人であり、近江の歴史を深く研究し、その成果を世に伝えた人物です。
 真崎文庫の中には西川伝右衛門家文書など有名な近江商人関係史料をはじめ、幕末に国学を学び政治活動に奔走した西川吉輔家文書や、八幡の為心町上共有文書や小幡町中共有文書といった町方史料など、多種多様な史料が含まれています(真崎家自身も江戸時代には領主である朽木家のもとで代官を勤めた家柄で、同家の文書も真崎文庫の中にあります)。
 これら史料は、真崎氏からまとめて史料館に寄託されました。真崎文庫は地域の歴史を語る上で不可欠な史料群であり、我々は責任を持って守り伝えてゆく必要があります。

【北村源十郎家文書(きたむらげんじゅうろうけもんじょ)江戸時代、米原湊は琵琶湖舟運の拠点のひとつとして栄えており、彦根藩の領内の重要な湊として松原湊・長浜湊とともに「彦根三湊」と称されていました。
 この北村源十郎家は、米原で本陣(大名や公家などが宿泊した旅館)を営んでいた家です。しかし同時に、北村家は米原湊の船問屋でもあり、数艘の船を持つ船主でもありました。米原湊は現在のJR米原駅付近に位置していましたが、現在そのおもかげを窺うことは困難です。北村家文書は江戸時代の米原湊の歴史を伝える唯一の史料群として、きわめて高い価値を持つものと言えるでしょう。

【絵図資料(えずしりょう)史料館にはいわゆる文字だけが書かれた古文書のほかに、多くの絵図資料が収蔵されています。
 一口に絵図と言っても、江戸時代の近江国や日本各地の地図、中山道など街道筋や宿場の町並みを描いた絵図、村どうしの境界争いの際に作成された現地の地形図、また江戸時代から明治・大正にかけて商人が宣伝用に作成した絵ビラ・引札など多岐にのぼります。
 これら絵図は、江戸時代の村や町の景観を復元したり、琵琶湖や里山など自然環境の変化を研究する上でもきわめて大きな手がかりとなるなど、文献史料だけでは知り得ない情報を我々に伝えてくれます。史料館ではこれら絵図資料についてデータベース化する構想を持っており、現在作業を進めている最中です。