【2018/7/21 経済学部ワークショップの模様】

《マンガ学ワークショップU》

日本アニメ英語翻訳の海外展開に見る日英語コミュニケーションのタテマエ

井上逸兵(慶應義塾大学文学部教授)

 昨年に引き続き、マンガ学に関わるワークショップを開催できることとなった。 昨年度はマンガ学プロパーの講演であったが、今年はより学際的な内容にする予定である。

 第1回目は慶應義塾大学文学部教授の井上逸兵先生をお招きした。 ご専門は英語学・社会言語学で、現在はEテレで放送中の「おもてなしの基礎英語」の講師もされている。 今回は、日本アニメの英語字幕・吹替えを用いて日本語と英語におけるタテマエの違いについてお話しいただいた。

 従来から多くの場合、翻訳はその文化圏の人たちに分かりやすいように訳される(ローカル翻訳)。 当然のことながら、日本のアニメに英語字幕・吹替をあてる際、コミュニケーションのスタイルが異なるため、 直訳をしては不自然となることも多い。それは、「よろしくお願いします」「いただきます」といった英語には存在しない表現だけでなく、 日本文化では自然な言語行動が一見すると誤訳とも思えるほどの変更を余儀なくされる場合もある。 例えば、日本語では英語に比べ会話内で沈黙をすることが多いが、 翻訳でそのまま沈黙のままにすると英語のコミュニケーションとしては不自然となるため原作にはない台詞を追加することもあり、 場合によってはそれによって寡黙なキャラクターが雄弁になり、イメージが激変してしまうことまである。 また、日本語でのアドバイス行動(「〜したほうがいいよ」)をそのまま文字通りに英訳してしまうと、 英語話者が重視する「独立のタテマエ」を脅かしてしまうため、「私だったら〜しないのに("I wouldn't 〜")」 のような間接的な表現がとられやすい、といった英会話のコツのようなお話もあり、出席した学生も興味津々のようであった。

 さらに、日本アニメの海外進出が進むにつれて、翻訳のスタイルに変化が見られることも指摘された。 英語話者にとって自然となるようなローカル翻訳から、 英語からさらに他の言語に翻訳できるように可能な限り原文に忠実な訳を行うグローバル翻訳へと移行してきているということである。 現実的には、英語以外の言語に翻訳される場合、日本語原文からではなく英訳版から翻訳されることも多い。 その際、誤訳を防ぐことができるよう原文に忠実に英訳することになるわけだが、 その反面、英語としては不自然な訳も見られるようになってきているそうである。 さらには、日本アニメファンが元の日本語らしさをあえて残すため、日本語が一部そのまま入っているような訳まで現れており、 これは現代の言語接触による大変興味深い現象と言えるだろう。

 マンガ・アニメを研究対象とすることに抵抗がある人はまだ多いかもしれないが、当たり前のことながら、 これらも文化の一形態であり、学問的研究を避けるべき要因は一切ない。マンガ学は学際色の強い分野であり、 様々な研究者がマンガを媒介に意見・情報交換を行うことができるようにと発足させた「マンガ学ワークショップ」であるが、 今回は、他分野の教員・学生から活発な質問も多数あり、その役割が十分に果たされたと思う。お忙しい中、 日帰りでいらして下さった井上先生に心から感謝申し上げたい。 (出原健一)