【2017/7/10 経済学部ワークショップの模様】

《ものひと地域研究会》

高田友美さんから見える 神山はいま

高田友美(神山つなぐ公社職員)

 今回は、地域活性化の成功事例としてもたびたび紹介される徳島県神山町において 神山つなぐ公社の職員として働く高田友美さんをお招きして、神山町の取り組みについて過去から現在に至るまでをご紹介いただいた。

 神山町は人口約5,000名あまりで、消滅可能性都市ランキングで20番目に位置するほど、過疎化の進む地域である。 しかしながら、のちにNPO法人グリーンバレーを立ち上げることになる大南信也さんらの取り組みを起点に、 90年代からアーティスト・イン・レジデンスやワーク・イン・レジデンスというプロジェクトを始動し、移住促進に努めてきた。

 さらに、2004年の光ファイバーのほぼ全戸への整備がきっかけとなり、IT系企業のサテライトオフィスなどの設置が相次いだ。 こうした取り組みをもって、メディア等ではしばしばこの地域は「神山の奇跡」とも称された。

 近年でも、神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス、集合住宅プロジェクト、フード・ハブ・プロジェクトなど 様々なプロジェクトを仕掛けているこの地域であるが、高田さんは「神山の奇跡」と呼ばれることには少し違和感があるようであった。

 現実的なシミュレーションとしては人口減少を止めるにはまだまだ移住者が必要だし、その後もインフラの維持等を考えると、 現状はかなり厳しいということなのだと思う。また、外部からの移住者によって地域が活性化すればするほど、 旧来からの住民にとっては「新しいお店や施設を見にいくきっかけがない」など自分の町なのにどこか他人事的なところもあったようだ。 もっとも、町民向けの町内バスツアーを企画するなど、そうしたギャップを埋める努力もすでに取り組まれているとのことだった。

 高田さんは「そんなに先手を打てたという感じはしないが、まずい兆候を見逃さないで、それを共有して、対策を考えるということはできている。」 と付け加えてくださったが、それは大変重要なことだと感じた。

 今回のご講演を聞いて、神山は決してバラ色ではないが、だからこそそうした課題と果敢に向き合い、少しでも先んじて手を打って行くということが、 できそうでできないゆえに人々はそれを「神山の奇跡」と呼ぶのではないかと思った。 (文責:中野桂)