【2017/1/20 経済学部講演会の模様】

「いつもしていること」と「1回だけすること」
−上ソルブ語の動詞を探る−

笹原健(麗澤大学外国語学部・非常勤講師)

 本学社会システム学科に所属する野瀬の科研費課題 「ニューギニア諸言語の動詞形態調査−マダン州おけるテンス・アスペクトの記述−」 (課題番号:15K02478)における,とりわけ,テンス・アスペクトの分析に関して, 他言語の使用を参考のために,そして言語学一般に関するアウトリーチ活動として, ドイツで話される上ソルブ語の研究をされている笹原健先生を滋賀大学彦根キャンパスにお呼びし, 講演会を開催した。

 講演会の題目は,「「いつもしていること」と「1回だけすること」―上ソルブ語の動詞を探る―」 で,特に上ソルブ語が持つ動詞の中に含まれる文法要素についての分析である。 ソルブ語とは,インド・ヨーロッパ語族のスラブ語派,西スラブ語に属する言語で, ドイツの東部で話されている。話されている地域により,上ソルブ語と下ソルブ語の違いがあり, 両方合わせて20,000人以下の話者数で,いわゆる「絶滅の危機に瀕した言語」のひとつで, 現在,ソルブ語を話す人々はほとんど皆,ドイツ語とのバイリンガルである。

 上ソルブ語は,動詞の文法がスラブ語の性質を持っており,ドイツ語とはかなり異なる。 一つ目は,完了体と不完了体の区別であり,もう一つは定動詞と不定動詞の区別である。 例えば,動詞「飲む」の場合,完了体の場合,「飲む」という行為をし終えることを指し示すと共に, 一回的な限定的行為を含意する。不完了体の場合,単に「飲む」という行為を意味すると共に, 繰り返しや一般的な日常行為を含意する。次に,特に移動を表す動詞において, 定動詞と不定動詞の違いがある。定動詞は一定方向に向かう一回の行為を示す一方, 不定動詞は多方向へ向かう,または特定の目標のない行為,あるいは習慣的行為を意味する。

 このような上ソルブ語の動詞の性質は,ニューギニアの諸言語の動詞とはまったく異なる。 例えば,パプアニューギニアで話されるアメレ語の場合,完了の意味は語彙的に実現され (「すでに」等の副詞を入れる),完了と不完了の対立はあまり重要ではない (ただし,ニューギニアで話されているオーストロネシア語では,完了と未完了の厳密な区別がある)。 さらに,定動詞と不定動詞の対立に関しても,アメレ語には動詞形態では実現されない。 その代わりに,アメレ語では,動作が,今日起こったのか,それとも昨日起こったのか, それ以前に起こったのかで,過去形の形式が異なり,習慣的な行為に関しては, 習慣的な過去時制形が存在する。

 今回の講演会では,テンス・アスペクトの考察とともに,簡単なソルブ語の入門も実施した。 英語やドイツ語,中国語などのメジャー言語ではない,マイナー言語の文法と状況を知ることで, 言語の多様性の一部分を知る機会になったと思われる。  (文責:社会システム学科准教授 野瀬昌彦)