【2015/6/30 経済学部ワークショップの模様】

《近代滋賀県の産業発展と地域文化並びに
女性の活動》

近江商人の妻 塚本さとの生涯

上平千恵 (近江商人博物館学芸員)

 報告者の上平氏は、東近江市五個荘にある近江商人博物館で、 近江商人に関する様々な史料を整理されたり展示解説等に携わっておられる学芸員です。 今回は上平氏をお招きして、五個荘の著名な近江商人の妻として、 また私立女学校を設立したことで知られる塚本さとの生涯について報告していただきました。

 塚本さとは、天保14年(1843)近江国神崎郡川並村(現東近江市五個荘川並町) の近江商人初代塚本定右衛門の娘として生まれ、店員と結婚して分家し、 近江商人の妻として家政を取り仕切りながら多くの子どもを育てます。 さとは、明治20年前後から和歌を学び始め、 東京・京都などの多くの名士と親交を深めるなか女子教育の重要性に目覚め、 交流を深めた名士たちの後援も得て、大正8年(1919)淡海女子実務学校を創設します。 しかし学校経営は難航し、大正14年には、周辺の近江商人たちの支援を受け、 また指導を受けた下田歌子を校長に迎えて淡海実践女学校として再出発していきます。

 本報告は、こうした塚本さとの生涯を辿りながら、さとが生家で受けた伝統教育、 近江商人の妻としての家政管理、子弟教育、家事に奔走した実態が紹介されました。 さらに和歌の学習を契機として親交を深めていった下田歌子・杉浦重剛・ 伊庭貞剛らとの交流を通してやがて女学校開設に至る過程が丁寧に説明されました。 また女学校の学課内容、教授陣、入学者と卒業者の内実、 学校経営の実態についても明らかにされました。報告では、 こうした大きな足跡を残したさとの処世訓、商家を取仕切り、 家事をこなし、育児に励むうえでの様々な知恵、 さらに幼少期からの活発で積極的であった性格などについても、 さとが書き残した『姑の餞別』、遺言、また私家版の伝記、 そして淡海実践女学校関連文書等、 貴重な史料を紹介されながらわかりやすく説明していただきました。

 参加者からは、さとが交流を深めた人脈の中身、女学校の教授陣や入学者、 卒業生の就職先等に関して活発な質疑応答がなされました。本報告を通して、 改めて近江商人の妻としてのさとの行動力、思想、女子教育にかけた熱意、 教育機関としての特徴ある実態が明らかにされ、ワークショップ参加者は大いに学び、 啓発されました。
参加者12名(学生4名)。 文責:筒井正夫