【2014/10/26 経済学部ワークショップの模様】

《歴史学ワークショップ》

戦後歴史学のなかでの大塚久雄『国民経済論』
―局地的市場圏から国民経済へ―

道重一郎 (東洋大学教授)

  本ワークショップは歴史学の方法について議論することを重要な目的の一つとしており、 今回の研究会は、19世紀イギリス経済史を専門とする道重一郎氏による標題テーマのもとで市場史研究会と共催の形で行われた。

 いわゆる大塚史学は戦後歴史学のなかで近代市民社会形成を促す理論的支柱の一つとして役割を果たしてきたが、 報告ではそれが1970年代以降しだいに退潮しはじめ、新しい歴史学との間にズレが生じてきたことが指摘された。 そのズレはどこから生じたのだろうかという問題意識のもとに、 道重氏は大塚史学の主要な構成要素をなす戦前の産業資本形成の理論と戦後の国民経済自立の視点を検討したのち、 両者は共同体論から出発する局地的市場圏論の媒介によって橋渡しされていることが示された。報告は、 こうした大塚史学はイギリスを念頭に置いて理念的抽象的論理構成をもって成立したのであり、その観点から、 日本の戦後社会と国民経済に対していわば「理想主義」的現状批判を行ったと意義づけた。しかし、 そのことは他方で、純粋理論的な構成がゆえにダイナミックで多様な歴史的現実を意図的に捨象することになり、 そこに大塚史学の限界があったことが指摘された。

 その後の質疑応答では活発に意見が交わされたが、論点は主に次の点にまとめることができる。 第一に、歴史学における理論の意義と役割である。大塚史学が理論的性格を持っていたとしても、 その理論は多様な歴史過程をどのように説明し、時代に対してどのような認識の視点をもたらすのか。 また現実の歴史世界を実証しようとするときに、およそ理論一般はいかなる意義を持つのか。 これらの点を検討しなければ、大塚史学との対話自体が意味を持たない恐れがあるのではないかと指摘された。 第二に、国民経済論の重要性をいうときに、20世紀後半以降のグローバル化世界において、 国民経済の視点はどのように位置付けられるかの問題である。これについて、 大塚は実際には欧州経済史を国際的視野で描いており、 そうした視野を意識するなかで「国民経済論」に重要な意義づけがなされているのであるが、 現代のグローバル化の状況でそれがどこまで有効であるかは検討の余地がある。第三に、 その国民経済論を現代日本のなかで考えるときに「前期的資本」をどう評価するかの問題である。 大塚史学の理論構成のなかで「前期的資本」と「産業資本」は厳然とした前近代と近代の対立物であるが、 その厳格さゆえに柔軟性が失われてしまったのではないか、 両者をつなげる装置が必要ではないかとの指摘がなされた。

 全体として、大塚史学に対する厳しい意見が出されたが、 歴史学研究において一次史料による実証分析がますます進んでいくなかで、 現代の歴史学では理論ないし概念の抽象化の意義と方法の問題がどう扱われるべきかについてあらためて議論しておく必要性があると感じられた。
 (文責:経済学部三ツ石郁夫)