【2014/1/27 経済学部ワークショップの模様】

<公共政策ワークショップ>

現代厚生経済学における幸福と健康
―地域再生研究の事例から―

池上惇 (京都大学名誉教授) )

 池上惇氏は「人間発達の経済学」の提唱者であり、「文化経済学会」 の立役者として知られている。今回のご報告は人間発達の経済学と文化経済学の結節点 に何が見えてくるかという話題から始まった。人間発達の概念の端緒はアダム・スミス にあり、現代ではアマルティア・センに継承されているという。端的に言えば、ストッ クとしての人間能力が学習によって質的に高まり、それが消費や生産を変えていくとい う論理だ。それはサミュエルソンに代表される消費選択論や厚生経済学の論理とは異な る。他方、文化経済学の大御所はウィリアム・ボーモルだ。彼によれば、相対的に低い 生産性にとめおかれてしまう芸術をコミュニティが支援すべき理由は、卓抜した人的能 力によって生み出される芸術が、地域にストックされて外部性を生み出す特殊な混合財 だからだ。こうして、人間発達の経済学と文化経済学の結節点では、芸術性や文化性を も含む人間能力への視点が重要となり、それがストックされるコミュニティという「場」 への焦点が重視されることになる。

 こうした論理展開で鍵となるのが、文化経済学者デビッド・スロスビーの「文化資本」 である。それはブルデュー的なものではなく、むしろ社会統合を可能とする観念として 把握される。それは芸術文化だけでなく、地域固有の伝統と慣習、コミュニティのなか で人々に体化した知識・技能・情報・体験などを含むものと捉えられる。

 報告の後半では、こうした理論的アプローチによって、「つまもの」ビジネスで知られ た上勝町の創造性と奄美諸島の超高齢社会における潜在能力と幸福度、これらの秘密が 解き明かされた。上勝町の事例では、高齢女性の職人技が文化資本として把握され、文 化資本経営としてブランド化されていく過程が明らかにされた。また上勝町における近 年のまちづくりが地域固有の文化資本ストックを創造的に生かす工夫であることも明ら かにされた。さらに奄美諸島の事例では、超高齢者の高い主観的幸福感が、地域固有の 文化資本との相互作用による人間能力の発達過程から生み出されていることが示唆された。

 質疑応答では、欧米での芸術家の報酬、介護労働の専門性の評価、農業の可能性、ラス キンとJ.S.ミルとの関係、文化資本としての「結」や「知識結」の役割、若者がコミュニ ティの文化資本を継承できるための条件など、多岐に渡る論点が議論された。特に興味深 かったのは、いずれの議論においても、「コミュニティに生きる一人一人に体化した地域 固有の文化資本とその蓄積過程を、各自が自分で研究して明らかにすることが大切であり 、それを行う場として大学院が重要である」という結論を含んでいたことであった。池上 氏はここ数年、福原義春氏や植木浩氏らとともに、文化政策・まちづくり大学院大学の設 置に向けて奔走されている。あらためて、その趣旨を実感させられた報告であった。  (文責:吉川英治)