【2013/12/11 経済学部講演会の模様】

博物館体験の長期記憶の研究意義
−博物館活動の本質を突く指標−

湯浅 万紀子
(北海道大学総合博物館
博物館教育・メディア研究系准教授)

湯浅氏は東京大学にて文化資源学を専攻され、新しい博物館像を研究さ れている方である。博物館、特に科学館を調査対象としてそこでの学習を含めた体験が 長期的にどのような影響をその人に及ぼすのかに焦点を当て、博物館の存在意義や機能 の顕在化を目的に実地調査をされている。今講演会にてその取り組みを紹介いただいた。

研究背景には、税収にて維持管理される多くの施設がその存在意義を、主として来場者数 や展覧会や教育プログラムの実施回数などの数値でしか語られず、財務制約の理由に時に は廃館に追い込まれる状況がある。これまで来館直後の短期的学習効果が測定される報告 はあり、日本博物館協会などからも包括的な評価を実施する提案はなされているが、博物 館の存在意義を質的に十分に評するには至っていない。氏は、現状の短期的評価法の対立 軸として新たに、学習を包含した「博物館体験」の「長期記憶」という文字通り長時間視 点から博物館が果たした役割の検証を提案されている。博物館教育の新たな研究課題を模 索するために1994年にアナポリスで開催された研究会で、このような視点に基づいた研究 の必要性が説かれ、欧米ではこの分野の研究が進みつつある。

氏は、「記憶の中の科学館」を研究テーマに設定し、日本では初めて体系的にこの視点で の調査研究を進めており、これは博物館活動の質を評価するための重要な一つの指標にな るのではないかと述べている。「博物館が何をしたか」ではなく、「来館者が何をしたか」 に注目し、来館者のみならず科学館に関与したさまざまな人に、主観的な思い出を個々に 語ってもらう面接調査と、記憶の特性を探る質問紙調査を採用し、調査研究を進めている。 現在は地域に密着した活動を50年以上前から展開している明石市立天文科学館と名古屋市 科学館を対象に調査を実施している。

本講演では、研究の枠組みについて解説された後、過去に科学技術館で実施した調査を中 心に紹介していただいた。科学技術館での調査対象者は、熱心な科学館のリピータや科学 館が主催する「友の会」のかつての会員、または現会員である。おおむねインタビュー対 象者は好感をもっており、単に知識や情報を得た、科学を(一層)好きになった・得意に なったという意見以外に、懐古的に科学館の存在意義・役割を示す興味深い発言がなされ、 それは以下のようにまとめられた。
@疑問を抱く大切さを知った
A家族共通の思い出である
B親子のつながりを確認できた
C学校の外で大人と出会える
D遊び場・居場所の1つであった
これらを整理すると
・サイエンス・リテラシーの習得やサイエンス・コミニュケーションの場を得られた効果
・知識やコミニュケーション力の習得から自信や自立心、チャレンジ精神、積極性を育成 できたとなり、博物館が果たしてきた役割や今後の可能性も明確になると考えられる。

良い体験として科学館が想起されたことにより、自身の家族や子供と共に再び来館したと いう意見が聞かれた点は、ノスタルジックではあるが科学館の活動の本質を突いているの ではないか。面接調査の困難さとして時代背景やプロフィールを考慮してその人が今意味 づけている「主観的現実」をいかに分析するかがあるが、質問紙調査を併用して記憶のあ りようを量的に分析し、博物館体験の長期記憶を包括的に分析することで、研究課題にチ ャレンジしている。

今回は北海道大学総合博物館における学生教育、「ミュージアム・マイスター認定制度」 の取り組みも紹介いただいた。学芸員養成に特化せず、同大学が目指す全人教育の一環であ る。学芸員養成課程の科目やフィールド体験型の科目、社会と博物館をつなぐプロジェクト の履修により、全人的な教育を行うシステムである。本講演では、卒論ポスター発表会、 ゲーム機を用いた博物館クイズ・ラリー、夜の博物館体験講座、ミュージアムグッズの開 発と評価など学生参加型のプロジェクトが紹介された。学生の企画力やグループワークの マネジメント能力、コミュケーション能力やプレゼンテーション能力、自己評価能力が涵 養されることが示された。ミュージアム・マイスターとして21名の学生・大学院生が認定 されており、学内外の大規模なイベントの司会進行や学会発表、博物館機関紙への投稿な どで活躍していることが報告された。 (渡邉凡夫)