【2013/10/30 経済学部講演会の模様】

フクシマから日本の民主主義を考える

小島 定 (福島大学行政政策学類教授)

 小島氏は、福島市に住み、これからも同地で生活をしていく者として、 体験し、考えてきたことを伝えたい、ということを述べてから話を始めた。

 まず、福島原発事故の発生当時のことを振り返って、浪江町での出来事を例示しながら 、事故がもたらした「悲しい話」を語った。原発事故がなければ「救えた命」が救えなか ったこと、SPEEDIの未公表が避難に影響をもたらしたこと、「土地と家畜をつれては避難 できない」ために、生活の基盤が根こそぎにされ、避難後の生活困難に伴うストレス等で 「原発関連死」が続発したこと、など。小島氏は、このような事態を生み出した背景に、 政府や東電の無策があり、その根底に日本国家の「無責任体制」(丸山真男)が潜むこと を指摘した。

 原発から約70km離れた福島市でも、今日なお低放射線被曝の危険にさらされており、市 民たちは平常値を超える放射性物質と日々向き合っている。自己防衛のために各々の自宅 の家屋や庭の除染を余儀なくされているが、汚染土の仮置き場をめぐって、近隣関係にも 「分断」が入ってくる。このような自らの経験を踏まえて、小島氏は、「放射能は人間身 体の遺伝子を破壊するだけでなく、人間関係をも破壊するものである」という深刻な事態 を指摘した。

 小島氏によれば、福島原発で作られた電気は首都圏に送られて、地元では消費されてい ない。原発事故がもたらしたのは、「電力は首都圏へ、放射能は福島へ」という福島県民 にとって悲劇的な事態であるが、それは日本社会における中央と地方の差別的な構造を示 すものである、と氏は指摘した。

 それとの関連で最後に、小島氏はNHK大河ドラマ『八重の桜』にふれて、戊辰戦争後の会 津と原発事故後の福島が二重写しになるとし、福島の視点から幕末明治以降の日本の近代化 のあり方の再考を試みたいと述べた。

 東北大震災、巨大津波、原発事故から約2年半が過ぎて、それらについてのわれわれ国民 の経験の風化が語られつつある今日において、本講演はそれらの出来事を改めて想起し、 それらにまつわる問題を考え直す契機を、そして、日本の民主主義の問題を具体的に考え る手がかりを与えてくれたように思われる。 (小西中和)