【2012/6/27 経済学部ワークショップの模様】

<経済経営研究所企画ワークショップ>

明治中期における水害経験と地域結社
−伊香西浅井郡相救社の罹災救助事業−

大月 英雄  関西学院大学博士後期課程

 本ワークショップでは、「明治中期における水害経験と地域結社−伊香西浅井郡 相救社の罹災救助事業−」というタイトルで報告を行った。本報告で主に取り上げた伊香西浅井 郡相救社は、1881年(明治14)2月10日に、伊香西浅井郡長小山政徳の呼びかけで設立された、 滋賀県伊香西浅井郡全域を対象とした地域結社である。郡民6,630人より25銭から30銭までの出 資金を集め、災害や貧困などのリスクに対する資金援助を行った。集めた資本金は、株券購入や 貸付事業などの資金運営を行い、資金総額の拡大に成功している。設立当初は火災・水災のみが 対象だったが、資本金が5万円に達した1919年(明治42)以後は、貧困や他の災害も援助を始め、 資本金が10万円に達した1922年(大正11)以後は、社会事業助成や育英事業にも活動を拡大した。

 今回史料として主に用いた「伊香相救社文書」は、現在その創設者の子孫が運営する江北図書館 が所蔵しているが、その存在はほとんど知られておらず、本格的な考察は手つかずであった。本 報告では、所蔵されている沿革史や議事録、帳簿などを用いて、その活動の一側面を一定程度明 らかにすることができたと考えている。

 本報告で重視したのは、相救社の水害対応である。明治28年7月末、滋賀県北部に壊滅的な被害を 与えた大水害を事例に、地域住民にとって相救社が果たした役割について考察を行った。その際、 同時期に支給された滋賀県による備荒儲蓄金や、皇室による恩賜金、民間の義捐金などとの比較を 行い、伊香西浅井郡における多層的な罹災救助事業のなかの相救社の位置を明らかにしようとした。 その結果、相救社の受給額は全体の約22%を占め、伊香西浅井郡における罹災救助事業の一翼を担 っていたことがわかった。また罹災者にとって行政による救助額は、全受給額の約35%にとどまる ものであり、19世紀末における罹災者の生活再建にとって、義捐金や地域結社などの「民間社会」 による支援は、大きな役割を果たしていたと考えられる。

 以上のことを本報告では提示できたが、残された課題も大きい。会場の参加者からは、地域住民の 生業や社会構成との関わり、火災や地震など他の災害への対応、困窮者への貸付事業の実態など、 多くの明らかにできていない事柄への質問が相次いだ。今後は相救社のより全体的な把握と精緻な 実証作業を通じて、地域社会が抱えた課題に地域結社がいかに向き合ってきたのか、考察を深めて いきたいと考えている。                     (大月 英雄)