【2011/12/6 経済学部ワークショップの模様】

<近現代地域問題研究会>

産地の危機対応と会社制度
−持続的投資と人的結社−

柴田淳郎 (経済学部准教授)

 産業資本主義萌芽期の陶磁器産業では,幕末の開港,廃藩置県,株仲間の解散, 関所の廃止等の明治新政府の施策により,国際競争が激化すると共に,統一的な全国市場の成立 に伴い,産地間競争の激化,産地内競争の激化という危機に直面することとなった。このような 危機的事態への各産地の対応は,欧米諸国ですでに成立していたカンパニーと呼ばれる会社制度 を導入したという点では共通している。しかし,その利用のあり方は異なっていた。

 本報告では,幕末期から明治期にかけての有田焼産地,京焼産地の比較ケーススタディに基づき, 産地の危機対応のプロセスを明らかにすると共に,会社制度の利用のあり方によって,産地の危 機対応の成否が分かれたと指摘する。

 当時の陶磁器産地の危機対応の成否を分ける戦略要因は,欧米諸国の製陶地ではすでに行われ ていたが,機械制工場生産による陶磁器生産体制の構築であった。欧米諸国で既に行われていた とはいえ,日本への移植は部分的機械導入でも5年,完全な機械制工場生産体制の構築には,10年 以上の持続的投資が必要とされた。陶磁器の機械生産には,基礎的な素地研究を実施する必要が あり,相応の技術蓄積が不可欠だったからである。

 上場することで,当時の陶磁器産業で最も多くの資本20万を準備し,機械制工場生産体制を構築 すると共に,わが国の廉価な労働力に基き,欧米諸国との国際競争に対応してゆくと考えた京都 陶器会社は,株価や配当を巡る株主・重役間の意見対立により,わずか4年で廃絶となった。京 焼産地は,資本の結合を優先し,資本の論理に基づいた会社制度の利用を行なった結果,持続的 投資に失敗したからである。一方,有田焼産地では,香蘭社,精磁会社等,様々な企業が誕生し, 廃絶した企業も存在したが,意見対立をスピンオフすることで解消し,中核的企業を生み出すこ とに成功した。有田焼産地で成立した会社は,人的結社−人的結合の優先−という性質を備え, 故にスピンオフが発生し,資本結合は破綻してゆくものの,持続的投資に成功し,中核的企業を 育成することができたのである。本報告の理論的意義は,スピンオフを会社制度の性質という視 角から検討した点,会社制度の相違が両地域の異なる発展をもたらしたことを明らかにした点に ある。

 報告後、報告に対し、報告者のいう「人的結社」の概念や適応範囲、欧米と日本の企業のあり 方の違い、さらにスピンオフのあり方と彼我の会社制度の違いとの関連などについて活発な議論 が展開された。参加者は、教員3名、大学院生4名、一般参加者1名の計8名であった。