【2011/7/4 経済学部講演会の模様】

伝統会計の行方

清水 哲雄 (滋賀大学名誉教授)

 会計の嚆矢は十字軍のイタリー通過による東西交流を背景に、パチオリに よる、自著「ズンマ」という数学書の中での複式簿記についての記述であるとされている。 これが世界最古の会計書である。会計は、その後もヨーロッパ、とくにドイツとフランスで 発展し、体系化されていった。まずは、静的会計観として、財産計算による担保能力測定を 主眼として展開された。次に動的会計観が登場し損益計算中心の会計学として発展してきた。 動的会計観は普仏戦争、産業革命の影響からのインフレによる時価評価困難という状況に 即応し、財産計算ではなく損益計算指向の流れに呼応するものであった。中心となったのは 碩学、シュマーレンバッハであり、その損益計算を支える会計基準として、継続性の原則、 比較性の原則、計算確実性の原則、用心の原則、伝統尊重の原則がある。

 アメリカにおける会計は、第二次独立戦争の影響下、アメリカが原料輸出国から近代工業 国に変容を遂げ、さらには第一次世界大戦で交通・通信網が発達・整備されたことによる資 金調達、銀行の間接金融による債権者会計の展開、またニューヨーク市場の株価暴落を契機 として投資家会計の発展へと変遷してきた。

 戦後はインフレと技術革新を背景に価格変動を考慮した時価情報の提供にも力を注がれた。 アメリカでは、その後、アイゼンハウアー時代の宇宙開発等もあり、財政・国際収支赤字の 状況に陥り、ターニングポイントとして、1957年に「会社財務諸表会計および報告の諸基準」 が発表され、会計の情報提供機能が進められるに至った。資産概念が費用性から用役潜在性 に変化し、実現概念が変化して発生主義が拡張され、ユーザーに対して多元的測定開示が求 められた。1966年にはASOBAT(A Statement of Basic Accounting Theory)が公表された。 この会計基準は、目的適合性、検証可能性、普遍妥当性、計量可能性を骨子とし、会計情報 利用者側の会計基準の確立をみたのである。

 以後、1973年にFASB(財務会計基準審議会)が発足し、また同年にIASB(国際会計基準審 議会)も立ち上がり、会計基準の国際統一化の動きも加速し始めた。収益・費用 アプローチから資産・負債アプローチへ、損益計算書より貸借対照表に重きをおく時価(主 義)会計へと梶が切られていくことになった。

 わが国の制度会計については、清水先生ご自身が以下のように要約されておられる。
(1) 明治維新という新しい時代の夜明とともに、外国の文明がどっとわが国に流れ込み、 資本主義の先進国に追いつき追い越せのかけ声の下、日本経済の裏方として支えてきたのが 企業会計である。
(2) わが国の制度会計は大陸法に依拠した商法会計を出発点とする財産計算を標榜する 会計システムであった。
(3) 制度会計は法に制約され、商法、証券取引法及び税法に依拠する会計であるが、今 日では会計基準によるものをも含むとされている。
                                               (小田切純子)