【2010/8/30 経済学部ワークショップの模様】

<Asian Studies Workshop 六>
(仮)満州農業移民戦後史 
   ―長野県を事例に―

野澤咲子(東京学芸大学大学院生)

  野澤咲子さんのご報告は、長野県を事例とした「満州農業移民」の 「戦後史」についてである。歴史研究は、ある事態や出来事の始まり、展開、終わり、を その対象とすることが多い(あるいは、それを得意としているといってもよい)。この観 点からすると、おおまかにいえば、第二次世界大戦の研究は、1945年を研究対象とする時 期の終わりとしてきた(または、せいぜい講和条約発効まで)。戦前、戦中にいわゆる外 地に出かけた人びとは、この戦争終結をきっかけにして内地に引き揚げることとなる。戦 争研究のつぎに、戦争という出来事の〈その後〉として、引き揚げ研究が展開するように なった。野澤さんのご研究は、さらに〈その後〉の、引揚者たちが、郷里やあらたな入植 地にどのように帰ったり入ったりしたのかを問う、「戦後史」研究である。

  可能なかぎり収集した長野県の行政文書を検討し、また聞き取りもおこなって調査と考 察を進めているようすは、きちんとした研究手順を踏んでいる。今後の研究成果が修士論 文としてまとめられることが待たれる。また、本学部が所蔵する「満洲引揚資料」の閲覧 も進めていて、わたしたちは、当該資料がなにかを知るための一斑が教えられた。「満洲 引揚資料」は、満蒙同胞援護会が編纂した『満蒙終戦史』の原資料であるとわたしたちは 紹介してきたが、それに収まらない資料もあるという。このこと自体はわたしたちも気づ いていたところではあるものの、福岡での引揚げにかかわる資料があるとの具体相の教示 を得られた。

  今回のご報告を聞いて、わたし自身のこととしても、歴史を書くことについていくらか 考えをめぐらせた。それは、〈その後〉という観点をもう1つ組み入れられるかどうか。野 澤さんは、聞き取りを文書史料の「補完」として扱うと述べていた。これまでにおこなえた 聞き取りの件数や、これからあと論文を提出するまでに残された時間を考えると、そう位置 づけるのもやむを得ないかとおもう。ただ、体験者から話を聞くのがおもしろかった、とい うのであれば、もう少し違う活用の仕方もあるのではないか。それは、その体験者の聞き取 りの時点における過去の想起、べつにいえば体験者にとっての自分の歴史の組み立て方を、 聞き取りをおこなったものが記す歴史の記述に織り込むことである。こうした抽象度の高い、 曖昧な言い方になってしまったのも、わたしがこの点についてはまだ考えている最中だからだ。

  歴史記述は、必ず、ある出来事が起きた後に記される。それをたんなる後知恵に終わらせ ないためにも、ここでは、戦後の引揚げ、あるいは帰郷や入植という出来事を、体験者が自 分の体験として、自分の歴史としてどうかたちづくっているのか、また、ばあいによっては かたちづくれずにいるのか、を気に留める歴史記述を試みてほしいと願う。このことはまた、 野澤さんがご報告の冒頭でくりかえした、侵略としての満洲移民という理解や主張ともかかわ る。自分のかつての行為が侵略であったことを是認できる体験者もいるだろうし、それに反発 するものもいよう。個々人の体験と、いわば大文字であらわされる侵略という歴史がつながっ たり、切断されたりする様相を、自分が研究者として記す「戦後史」にうまく組み入れられる かどうか。この点に期待したいし、こうした歴史の書き方のくふうまた、わたし自身の仕事で もある。      (出席者4名。阿部安成)