【2011/2/21 経済学部講演会の模様】

原爆ドームに見る象徴の意味の変化

淵ノ上 英樹
(立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部
准教授)

 本講演会では淵ノ上英樹氏(立命館大学アジア太平洋学部 准教授)の最近の 研究成果の一つとして、平和記念の代表的な施設である広島市の原爆ドーム(旧広島産業奨励 館)が持つ象徴としての意味がどのように変化してきたかについて報告された。

 本報告ではまず、本題の前提知識として原爆投下前後における広島の歴史を概観した。この中では特に、農 業・産業に恵まれてこなかった広島が日清戦争に際していかに「軍都」となったか、またそれ 以降太平戦争終戦までの期間、軍都が運輸・補給などを中心にどのような役割を担ってきたか などについて紹介された。

 戦後の広島市は「軍都」から「平和記念都市」へと大きく変貌と遂げることとなるが、戦後 復興のプロセスを含め、その道は決して平坦なものではなかった。原爆ドームが保存されるこ とは最初から決まっていた訳ではなく、むしろ取り壊しの機運の中で幾つもの要因が重なった 結果の存置であった。原爆投下に対する見解は時代・背景の中で変化していったが、その中で 原爆ドームの象徴としての意味もまた変化を経験してきた。当初の原爆ドームは原爆被害(核 抑止力)の象徴であったが、1960年の折り鶴の会や原水禁における保存運動を通じて非核の象 徴へ、そして1996年の世界遺産登録により平和の象徴へと変化を遂げていった。このような歴 史的経緯の中で、原爆ドームは人々から嫌悪の対象となることを免れ、世界的な平和の象徴と して今日に至っていることが報告された。
                                                 (田中勝也)