【2010/1/14 経済学部ワークショップの模様】

<近現代地域問題研究会>
<地域経済イノヴェーション&地域ブランド研究会>

彦根・湖東地方の和菓子の魅力
 ―その歴史と文化を訪ねて−

井上由理子 (和菓子等日本文化研究家)

 この講演会は、滋賀大学創立60周年記念事業 彦根市の井伊直弼と開国150年祭の後援事業、 学部内の二つのワークショップと同プロジェクト科目が対象とするものでもあり、 地域に根ざす生業の歴史・現状・展望を経済と文化の両面から掘り下げる試みの一環である。今回は、和菓子 等日本文化研究家で白拍子の舞踊家でも知られる井上由理子氏をお招きして、彦根・湖東地方に伝えられる和 菓子の魅力をその歴史と文化に分け入ってお話いただいた。
 井上氏はまず、和菓子成立の歴史的経緯から説き起こされ、そのなかで近江の和菓子は、「街道」「城中城下」 「近江商人」「社寺」「大地の恵み」という5つの要素を備えながら独特な成立を見たとされ、その一つ一つ について丁寧に解説された。
 近江は、古代より諸街道が縦横に走り、宿場町にはモノ・ヒト・情報が幾重にも交錯した。そのなかで東海道 草津宿の「姥が餅」、中仙道では老蘇の「亀川餅」、摺針峠の「すりはり餅」、醒井の「醒井餅」などが、宿 場を往来するさまざまな人々と茶屋等で接待する人々との交流のなかから形成され、特に江戸時代の朝鮮通信 使を供応するなかで各地の和菓子文化の交流と多様な発達が見られたと指摘された。
 いくつもの国が所領を持ち城下町の発達をみた近江では、城主が茶の湯文化などを通じて菓子の発達を促した。 織田信長が徳川家康を接待した茶会では、初期茶道の菓子のあり方が髣髴とされ、幕末井伊直弼の催したいく つもの茶会に供せられた菓子からは江戸期に多様に発達し完成された和菓子文化の到達点が見出され、茶道文 化の重要性とともに御用菓子屋の果たした役割の大きさにも注目された。
 近江商人もまた菓子文化の重要な担い手であった。五箇荘の近江商人の子であり妻として生き私立淡海女子実 務学校の創始者でもある塚本さと子が残した『姑の餞別』には、近江商人の本宅で商用や接待のために日常供 される菓子が多様に登場する。また西川利右衛門家の『心覚帳』から「カステラ」など遠い商用地からもたら された菓子もみられ、さらに「でっちようかん」の本来の意味とあり方にも言及された。
 近江はまた著名な寺社や素朴な産土神が数多く存在する神仏の祈りの国でもある。近江には餅を祀る神社があ り、またオコナイといった冬季の神事では神を祀る餅文化が多様に展開する。そうした祭事には神饌として古 来より備えられてきた菓子が今に伝えられ、多賀大社の門前には独特の由来を持つ糸切餅屋が列を成して参拝 客をもてなした。それら寺社では祭事に「紋菓子」が供せられ、それを製作するための木型職の発達もみられ た。
 最後に近江の大地が生み庶民が育んだ郷土の菓子が紹介された。かつて一般の家で自家製の小麦粉で作られて いた素朴な「ふな焼き」に利休が茶会で愛用した「ふのやき」との共通点を見出し、さらにかき餅の最高峰と して誉れが高い醒井餅を生み出した近江の風土として、恵まれた水と品質豊かな近江米の存在をあげられ、い ずれも近江という豊かな大地が育んだものであると指摘されて、興味尽きない講演を締めくくられた。
 このように井上氏の講演は、近江菓子の魅力を探るなかで見事に近江の歴史と文化を炙り出すものであった。 しかもそれらが文献に裏打ちされた確かなものであるにとどまらず、井上氏が各地の菓子舗、神事、旧家等を 訪ね歩き、実際に見聞きするなかで得られた新たな発見に満ち満ちているところに、聴衆を魅了した本講演の 最大の魅力があった。
 参加者は教職員7名、学生20名、市民40名の計67名。著名な菓子舗からの参加者もあり盛会であった。                                      (文責:筒井正夫)