【2009/8/18 経済学部ワークショップの模様】

Texture in Cultural BackyardW
キリスト教とハンセン病の交わる場所で
−大島青松園、復刊『霊交』に綴られた「世界」

石居人也(町田市立自由民権資料館学芸員)

  石居人也さんの報告「キリスト教とハンセン病の交わる場所で−大島青松園、復刊『霊交』に綴られた「世界」」は、香川県大島の国立療養所大島青松園にあるキリスト教信徒の団体キリスト教霊交会が発行した『大島霊交会週報』を素材として、そこにはなにがあらわれているのか、それをとおしてなにがわかるのか、を述べたものだった。
  1909年に開設された大島の療養所では、1914年に霊交会という名称のキリスト教信仰を結合の軸とした団体が結成された。霊交会は1919年に機関紙『霊交』を創刊し、最初は毛筆による手書きだった機関紙も、謄写版(ガリ版)刷り、活版印刷となり、部数もだんだんと伸ばして一千部を発行するほどとなった。しかし、この勢いも1940年には「時局がら国家の命を受け」、廃刊することとなる。
  その『霊交』の復刊をうたった『大島霊交会週報』が、1973年7月に突如として創刊されたのである。「突如」とは部外者にとっての驚きであり、霊交会会員からすればしかるべき出発だったのかもしれないが、この時期の史料がほかにほとんどなく、また、現在の霊交会代表の方々もこの「復刊」の経緯を知らず、週報そのものにも「復刊」の辞がみえないとなると、いまやだれにとっても、この「復刊」は霊交会の歴史の区切りとして、強烈な印象を与えるのである。
  この『大島霊交会週報』は、週報であるがゆえに、礼拝プログラムや説教の概要、聖句、集会予定、お知らせなど会員への伝達事項を載せたメディアにすぎない。石居さんの報告は、2009年4月から目録作りを始めたこの媒体をとおして、しばしば「閉ざされた」と表現される島の療養所での「交わり」をたどろうとする試みとなった。石居さんは週報に、園内の、また園外との交流の痕跡を見出し、どちらにしても、「ひとつひとつのつながりは「深い」が、それゆえに面的な拡がりには欠ける」との指摘をおこなった。
  石居報告に対して、霊交会のキリスト教宗派の系譜や、交流のある宗派や人びとを明らかにすることによって、「交わり」の内実が鮮明になるのではないか、とのコメントがあった。じつは、そうしたようすはなかなかにわからないのだが、重要な論点ではある。
  大島の療養所は、今年2009年に創立100年をむかえ、霊交会もあと数年で創立100周年となる。史料の発掘がずいぶん進展したここ数年の変化を、研究という成果につなげてゆくのはこれからのこととなろう。                               (阿部安成。出席者5名)