【2009/7/30 経済学部ワークショップの模様】

Economics Workshop 2009

ワルラスとイスナール
 − 経済学史における連続と断絶

御崎加代子 教授

  フランスの経済学者A.N.イスナールの主著『富論(Traite des richesses)』(1781)は、同時代人からはほとんど評価をうけなかったが、商品の交換価値を連立方程式によって数学的に表現した部分が、19世紀になって、ワルラスやジェヴォンズの注意をひきつけ、それがきっかけになって、20世紀の研究者たちは、イスナールを数理経済学と一般均衡理論の先駆者、さらにはワルラスに多大なる影響を与えた経済者とみなすようになった。
  たしかにイスナールの『富論』に展開されている議論は、ワルラスの主著『純粋経済学要論』を彷彿とさせる部分が少なくない。両者の類似性を示すことにより、理論的な連続性を主張することは可能である。ワルラス自身も実際イスナールの経済理論を絶賛した。しかし果たしてワルラスがその理論形成過程において、イスナールから直接影響を受けたかというと謎である。そこで本報告は、このような理論的視点から少し方向を変えて、イスナールとワルラスとの関係を検討し、両者の連続と断絶とを明らかにすることによって、二人の経済思想の意義に新しい光を投げかけることを目的とする。
  政策的な視点にたつと、イスナールの『富論』は、フランス革命前夜の危機的な状況の中で、フィジオクラートの経済学とそれが主張する税制度(土地単一税)を覆して、代替的な理論を示すことを意図して書かれている。それに対して、ワルラスは、フィジオクラートの土地単一税を絶賛し、自らの社会経済学における土地国有化論との共通点を見出していた。この両者のフィジオクラートへのスタンスの違いは、二人が共有するとみなされる経済理論とどのような関係にあるのか、これを明らかにするのが本報告のねらいである。
  参加者からのコメントでとくに重要と思われたのは、イスナールが出発点にした剰余の考察の重要性である。剰余の源泉を、土地(フィジオクラート)、労働(スミス)、資本(オーストリア学派)あるいは情報のどれに求めるかによって、それぞれの経済モデルの特徴が決まってくる。特に情報は、現代経済において大きな役割を持つと思われるが、フランスの経済学者カンティロンやJ.B.セーにその様な考察の起源を求めることもできる。近江商人もその系譜に位置づけることができよう。
  また本報告の後半は、ワルラスが土地国有化論の根拠とした動態分析「進歩する社会における価値変動の法則」(人口増加と資本蓄積が進むと、地主だけが豊かになり、労働者の地位は一定、資本家の地位は低下)がポイントとなるが、イスナールが同じ問題に対してどのように取り組んでいるかという質問も出された。これは静態的な一般均衡理論が「格差」の問題に対処できないという、極めて現代的な問題とも関連している。確かにこの視点は本報告に抜け落ちていた視点であり、今後の課題としたい。                                (御崎加代子)