【2009/4/30 経済学部ワークショップの模様】

Economics Workshop 2009
19世紀パリの上下水道の整備と土木エンジ
ニア

栗田啓子(東京女子大学教授)

  報告者の栗田啓子氏は、フランスのエンジニア・エコノミスト研究の第一人者である。今回のワークショップは、エンジニア・エコノミストの歴史的意義や思想的位置付けに始まり、産業化の真っただ中にあったフランスにおいて、彼らが従事したパリの上下水道の整備を中心に、その過程において引き起こされた様々な議論やパリの市民の生活の変化に至るまで、貴重な画像資料も交えながらの報告であった。
  フランスのエンジニア・エコノミストは、公共土木事業に携わるエリート官僚であり、市場システムへの信頼をもちながら、国家が指導的な力を持って経済に介入すべき必要性(ディリジズム)も認識しているという点で、自由放任主義とも社会主義とも異なる独自の思想的立場にあった。19世紀フランスの経済学界を支配していたセー学派が、経済学への数学の導入に反対する立場をとっていた一方で、彼らは職業上の必要から費用便益計算のモデルを追究し、公共事業における恣意的な意思決定を排除するために、数学的なツールを用い、それを洗練させていった。エンジニア・エコノミストの代表格であるデュピュイが、限界革命に先駆けて、限界効用や消費者余剰の概念を確立したことは、よく知られている。
  19世紀とくにナポレオン3世時代に、オスマン知事によって断行された、首都パリの改造計画において、水道というインフラ整備は最も重要な課題のひとつであった。水という人間の生存に最も重要な財の供給はどうあるべきかという理念的な問題から、水源の確保や料金の設定という具体的な問題まで、さまざまな議論が展開されてゆく。市民への水の供給が安定すると、当然のことながらパリの市民の消費可能量は増え、生活スタイルそのものも変わっていった。また上水道の確立は、下水道の整備を必然的に伴い、下水処理と農業の振興が構想され、下水処理場の建設か森林の保護かという環境問題も議論されるようになっていった。
  当日の参加者たちを交えての議論は、多岐にわたった。文明のシンボルとしての水道設備の意義、産業化の過程における労働者階級の生活の改善と政府の役割、水道事業の民営化の是非、都市計画をめぐる住民参加型の意思決定の可能性、環境プロジェクトにかかわる費用便益計算の困難さなど、それぞれの専門分野から多くの問題が提出され、たいへん活発で充実したディスカッションとなった。                        (参加者7名 文責 御崎加代子)