【2009/10/17 経済学部講演会の模様】

近代彦根の伝統文化と国際交流

茂山七五三 (狂言師茂山家)
金子孝吉 (本学経済学部教授)
小林隆 (彦根市市史編さん室)
筒井正夫 (本学経済学部教授)

 10月17日(土)、彦根市井伊直弼と開国150年際の記念行事として第2回 「彦根近現代の歴史ドラマ−シンポジウムと狂言の夕べ−」が経済学部講堂で開催された。 この催しは、滋賀大学創立60周年記念事業の後援を受け、経済学部ワークショップ並びに PJ科目の一環としても行われた。

 城下町彦根は、特に藩政期に培われた伝統文化が今も継承されるとともに開国以後様々な 外国人との交流によって新たな文化的彩が与えられている。このような近代彦根の特徴に 鑑みて、今回は「近代彦根の伝統文化と国際交流」をテーマに掲げた。

 まず、基調講演として井伊家とゆかりの深い狂言師茂山家の茂山七五三氏が、「直弼公と 狂言茂山千五郎家」と題する講演を行った。講演では、茂山家の歴史や狂言師として幕末 に井伊家に召抱えられるいきさつなどが興味深いエピソードや生の歴史史料を提示されな がら紹介された。また直弼公自らが残された狂言の一つ「狸の腹鼓」は茂山家一子相伝の 重要な演目であり、特にそのなかで直弼公が好んで取り入れた最大の見せ場である舞台上 での早変わりについて、その演技上の苦労や身のこなしの極意を実際に用いる二様の面を 提示されながら解説されたことは、まさに伝統芸術を担っている当事者でなければ開陳で きない貴重な話であった。

 次にシンポジウム「彦根を訪れた外国人たちの足跡」に移り、最初に本学経済学部金子孝 吉教授から、明治中期に約1ヶ月彦根天寧寺に滞在して、境内内外の情景を様々な水彩画 に残し、彦根の人々とも暖かい交流を持ったイギリス人水彩画家アルフレッド・パーソンズ について、その絵画の特徴と彦根での足跡が紹介された。パーソンズが描いた天寧寺内の庭 ・仏像・花々や眼下に望む彦根や琵琶湖の景色などが映像で映し出され、その細やかな筆致 とともに彦根での様々な人物交流が解説され、往時の彦根の佇まいと風物が著名な水彩画家 に多大な感慨をもたらしたと同時に、彼が残した水彩画が日本における近代水彩画の発展に も大きく寄与したことが示された。

 続いて新修彦根市史編纂に携わった小林隆氏が、「奇跡の人へレン・ケラーの彦根訪問」に ついて報告した。小林氏は、ヘレン・ケラーが、昭和12年4月から7月にかけて日本を中心 に朝鮮・中国も含めて行った大講演旅行のなかで、5月7日に彦根に立ち寄り、彦根高商の 講堂で行った講演について聴衆との具体的やりとりまで立ち入って紹介された。特に来日の ために尽力した岩橋武夫(日本ライトハウス創始者)の功績や恩師サリバン先生の死去の後 にもかかわらず、強行スケジュールを押して38もの都市を訪れ、各地の盲学校等を精力的に 訪問して身障者のための励ましの講演を敢行したヘレン・ケラーの足跡が明らかにされ、福 祉事業で結ばれた国際交流の深い意義が改めて喚起された。

 最後に本学経済学部教官筒井正夫が、「パーシー・アルメリン・スミス氏の国際平和活動」 と題して報告した。本報告では、1926年〜1936年まで彦根に滞在し、彦根聖愛教会牧師或い は彦根高商の英語教師を勤めながら行ったスミス氏の活動が紹介された。それは、教会での 布教活動とともに、貧窮する地域の朝鮮人たちへの援助や彦根高商学生も協力した「朝鮮人 学校」の開設であり、日米児童たちの相互交流であり、スミス氏を始め多くの人の醵金をも とに実現した和洋の意匠が溶け合った和風教会堂の建設であった。こうしたスミス氏の活動 とともに、戦後崩壊の危機に瀕したスミス記念堂を10年掛かりで再建した市民運動の中に、 今日の厳しい国際状況の中にあって日本―アジアー欧米の市民が、ナショナリズムを超えて 互いの文化を相互尊敬しあえる鍵が見出せると強調された。

 講演後、茂山家による狂言「素袍落」が上演され、暖かい笑いと朗々と響いた謡の余韻が覚め やらないなかで、第2回目の「シンポジウムと狂言の夕べ」は幕を閉じた。参加者は教官・職 員6名、学生24名、市民約90名合計120名と盛況であった。                 文責:筒井正夫