【2009/3/4 経済学部ワークショップの模様】

近現代地域問題研究会

「自然美」と土地利用の「人間的進歩の視点」
―J.S.ミルの「土地保有改革協会」綱領(1871)

阿知羅隆雄 教授

  報告は、ミルの起草になる「土地保有改革協会」(Land Tenures Reform Association)綱領の検討を通じて、英国ナショナルトラストに繋がる英国自然保護思想を明らかにしようとしたものである。以下、報告内容を要約する。

  綱領は、内容を大雑把に整理すれば、第1に土地の自由な移転を妨げている土地法の撤廃、第2に「不労増加」地代への課税と地主による市場価格での国家への売却の自由、そして国家による「協同組合」及び「小規模耕作者」への貸付、第3に王室及び公共団体に付属する土地の私有化の防止とその「労働者の住宅」や耕地としての利用、第4に「全国民的使用のため」の「荒蕪地」及び公有地の保留、そして上記と同様の原則での耕地利用かあるいは「コミュニティーの一般的享受」のための「野生の自然美」のままでの保存、第5に歴史的・科学的・芸術的に有意味な「自然物」と「人口的建造物」の国家による有償での取得と保存、がそれである。

  綱領の基本線は、英国土地寡頭制を鋭く批判し、それを擁護する「封建遺制」の撤廃によって「怠惰な人びとから勤勉な人びと」への土地の自由な「移転」を可能にすることにある。それ故、従来、専ら耕地としての土地が念頭におかれ、綱領が提起する土地国有の性格をめぐって議論されてきた。しかし、綱領は、「一般的享受」のために荒蕪地や歴史的・科学的・芸術的に有意味な自然物・建造物をコモンズとして保存することを提起している。杉原四郎に従えば、これは「経済的進歩」をより広い次元で包み込む「人間的進歩」の視点から人間と自然との関係を考察するミルの思想の特徴を示すものである。いま少し敷衍すれば、ミルは、人間生活の物資的生活及び再生産とその精神的・文化的生産及び再生産の二つの視点から土地自然の利用を区別し、いずれも人間的進歩にとって有意味であると考えているといえよう。

  ナショナルトラストが、オープンスペースとして所有・保護しようとしたのは、まさに後者の土地自然である。ところで、ミルは、既に『原理』(1848)の「停止状態」(Stationary State)論で「自然美」の人間的進歩にとっての意義を述べているが、それは彼の「精神の危機」の「良薬」となったロマン派詩人ワーズワースから学んだものである。また、ミルの土地改革の源流は、第二次囲い込み運動に反対した18世紀末のT・スペンス、W・オーグルヴィ、T・ペインの土地改革思想にあるとされる。3人の土地改革思想とワーズワースに通底するものとして自然法思想を指摘することができる。そうであれば、ミルは、「自然権」を耕地だけではなく「自然美」までに押し広げ、都市的生活様式の普及と土地寡頭制批判の時代に、二つのものを合流・復権させたといえよう。

  英国の自然保護思想は、ミルにおいて高次に復権され、ナショナルトラストに継承された、「自然美」(Natural Beauty)と「自然権」(Natural Right)の二つの言葉で表現される自然と人間との関係についての考え方であるのではないだろうか。