【2009/2/13 経済学部ワークショップの模様】

Asian Studies Workshop 四
国際善隣協会所蔵満洲国史編纂資料の紹介
─「満洲引揚資料」との関連から─

加藤 聖文 (国文学研究資料館助教)

  今回の加藤聖文さんのご報告は、彼ご自身も目録作りを担ってくださった、本学経済経営研究所所蔵の「満洲引揚資料」をふくめた「満洲」にかかわる歴史資料を、満蒙同胞援護会の活動をたどるなかで、その資料全体の再構成をおこなう試みとなった。
  加藤さんは、2007年から2008年にかけて国際善隣協会に返却された「満洲」についての資料の整理もおこなった。その資料は、『満洲国史』(1971年)編纂関係資料で、かつて満蒙同胞援護会から国際善隣協会に引き継がれた資料群の一部で、おもに図書類が拓殖大学図書館に寄贈されたその残りだという。
  1945年8月30日に、「満洲」引揚者への援護事業を目的として財団法人満洲国関係帰国者援護会が外務大臣に認可される。その援護会が1946年に改称して、財団法人満蒙同胞援護会となった。その活動の1つに、「満洲」についての史誌の編纂があり、それが『満蒙終戦史』(1962年)、『満州開発四十年史』(1964年)、『満洲国史』(1971年)、『満洲国年表』(1956年)の刊行となった。加藤さんは、それら刊行物の前三者を「満蒙史三部作」という。
  本学の「満洲引揚資料」と国際善隣協会所蔵資料は、満蒙同胞援護会の「満蒙史」誌編纂の過程で作成され残されてきた、もともとは1つだった資料群だと推測できる。それが、協会内部の引き継ぎのなかで資料が分離され、それぞれに外部に流出したり寄贈されたりしたのではないかと、加藤さんは指摘する。両者をつきあわせてみてゆくことにより、満蒙同胞援護会による市史編纂の過程が明らかになるだろう。
  加藤さんは、「今後の方向性」として、「@満蒙同胞援護会の活動の洗い出し」、「A滋賀大所蔵分を含めた資料群全体の構造を解明」、「B同胞援護会関係者の個人文書の発掘」を示した。
  歴史学には、「史料論」あるいは「史料学」というジャンルがある。加藤さんやわたしたちが「満洲」についての歴史資料を用いておこなおうとしていることは、そうした論や学をいくぶんかはふまえながらも、歴史資料そのものの歴史や構造や意味を議論するとともに、「満洲」をめぐる人びとの体験の、ある像を提示するという、いくらか新しい試みとなるとの予感がある。わたしたちは、ようやく、「満洲引揚資料」の簿冊単位の目録を作成し終えたにすぎない。彦根にいてはなかなか知りえない情報をえて、わたしたちが管理する「満洲引揚資料」を活用してゆく方途をきちんと探ってゆきたいとおもう。                              (阿部安成。出席者6名)