【2008/3/19 経済学部ワークショップの模様】

――Asian Studies Workshop 参―
「近世における寺社の名所化と存立構造
 ―地域の交流関係の展開と維持―」

青柳周一 准教授

  青柳さんはまず報告の最初に、「架橋する」という課題を掲げました。なにとなにに橋渡しをするのか?青柳報告は2つのそれが、目指されていたと受けとめました。1つは、報告の「はじめに」でも示されていたとおり、近年の寺社参詣の研究動向が、近世後期から近代にかけてが中心となっているその一方で、中世寺社参詣史やそれにかかわる宗教者研究がすすんでいる、その両者をつなぐということです。もう1つは、彼が明言しなかったものの、社会史研究をめぐる展開を動かすところに、その含意があったとおもいます。社会史研究はかつてその登場のころに、「身辺雑事」「脱政治」の歴史だとの批判がよせられました。青柳さんはご自身の研究を「社会史」とはみていないのかもしれませんが、人びとの日常や生活と、社会の構成と、人びとをつないでいる仕組みと、それらの領域を統括しようとする力と、こうした社会のさまざまな事象をつないで歴史を再構成しようとするところに、青柳報告の意義がありました。彼は、寺社参詣を信仰の問題として、あるいは、それにかかわる経済の動態としてのみとらえるのではなく、それをさまざまな交流の場として考える、というのです。
 本報告の詳細は、青柳さんの新稿である「近世における寺社の名所化と存立構造:地域の交流関係の展開と維持」(『日本史研究』第547号、2008年3月)をご覧ください。
 わたしにとって青柳報告のおもしろさは、いわば名所が人びとを動かす、ということでした。名所はそれを維持するひととお金が必要となる、またそこに多くの人びとを集める。名所はまた、人びとを心中させる場所ともなる、それが当時のメディアにとりあげられ、それによってまたいっそうの名所化がすすむ。名所を訪れる人びとは、そこがどのような構成によって支えられている場所なのか、その仕組みを知ることなく訪れるものたちです。そうした参詣者たちが、名所をめぐる地域の構成を動かしてゆく、この動態を、よりじょうずにとらえてみせることが研究の進展につながるように聞きました。出席者6人。(阿部安成)