【2008/6/5 定例研究会の模様】

贈与と交換の相克
:16世紀パラグアイ社会再考

坂野 鉄也 講師

  16世紀中葉のパラグアイに生まれた社会は、征服者(ヨーロッパ人)が先住民(グアラニ)を支配するものではなかった。その要因は二つある。一つは、征服者とグアラニとの出会いがきわめて平和的であり、全く敵対関係が生まれなかったことである。もう一つは、グアラニ社会の基盤をなしていた「贈与」という発想を、征服者たちが感じとり、馴染んでいったことである。

  では、その「贈与」という発想はいかなるものなのか。人類学においておこなわれた贈与をめぐる議論は、クロード・レヴィ=ストロースによって一定程度、確立される。贈与とは、「市場交換」の意に限定されない、広義の「交換」に含められることになった。しかしこの定義は、問題を孕んでいた。まず彼は、近代経済学的な交換概念、すなわち市場交換という概念を「未開」社会に安易に適用してしまっていると考えられる。しかしマルセル・モースが述べているように、贈与とは「《全体的》社会現象」であって、社会関係を樹立する契機であり、それを確認する行為である。レヴィ=ストロースの議論には、その観点が欠落している。次の問題は、やり取りされるものの等価性を前提として議論が組み立てられている点である。贈与とは、市場交換においてものともの、あるいは貨幣が交換されることによって決済されるがごとく、償却されうるものではない。ある者がなした贈与行為は、受贈者によって、反対方向の贈与がおこなわれたとしても消え去ることはなく、いつまでも残り続けるものなのである。

  この「贈与」という発想を含め、征服者とグアラニとは直面するさまざまな状況に対していく。その中には、征服者がグアラニとともに外部からの「交換」の圧力に抗するということもあった。こうした両者の選択の集積こそが16世紀中葉に生まれたパラグアイ社会と考えられる。