【2008/4/18 経済学部講演会の模様】

サービス経済の
フェミニスト経済学的分析

松川 誠一
(東京学芸大学准教授)

  経済のグローバル化は、まずもって経済活動の空間的な広がりとして理解されているが、資本の空間的な可動性という観点からみると、二つの傾向性があることに気がつく。貨幣資本だけでなく製造業に代表されるような不変資本もまたその可動性を高めている一方で、可変資本は相対的に特定の場所に固着し、かつ集積する傾向が見られる。slippy spaceとsticky placeという跛行性によって現代資本主義の空間的展開は特徴づけられている。
  現代資本主義世界経済が生み出した「場所」の1類型として、世界都市(Global City)が挙げられる。世界都市は、世界的規模での資本蓄積過程を情報的にコントロールする管制高地であり、また、それは世界都市のネットワークの結び目でもある。その内部はサービス産業が集積しており、大きく分けて2つの部分に分かれている。ひとつは、資本蓄積過程を情報的にコントロールする機能を提供している対企業サービス業――金融、経営コンサルティング、財務など――である。これらは、社会関係をコード化し、シンボルを操作することによって実際の社会関係をコントロールするという作業を行なっている。世界都市に分厚く集積するもう一つのサービス産業が、対企業サービス従事者の労働力再生産過程に関係する対人サービス産業である。それは外食産業、エンターテインメント産業から幼児ケア、教育、医療、高齢者ケアまで含む、かつては家族・親族組織が提供していたサービス機能を販売する産業である。
  対人サービス業務を特徴づけるのは、ケアという相互行為プロセスである。ケア労働の対象は二重である。ケア提供者はまずケア対象者への身体的な働きかけを行なうが、それは単なる機械的な働きかけではなく、相手への配慮とともに行なわれる。その配慮という行為において重要な役割を果たすのが、ケア対象者への感情統制である。自己の感情に向かって努力を向ける感情労働は、狭義のケア労働だけでなく、現代の労働の様々な局面に浸透し始めている。
  感情労働は、労働主体による操作の対象が自己の感情経験となっている「再帰的な労働」である。対人サービス業務の最終的な目標は他者の感情経験にある。しかし、サービスのプロセスにおいて他者の感情を直接的にコントロールすることはできないので、自分の感情経験をコントロールすること――感情作業――を通して、期待されている感情を他者が経験するように間接的に働きかけること――感情労働――が対人サービス業務の中核をなす。
  感情労働においては、その労働に対する動機づけを工場労働以上に内発的なところに求めざるをえない。外生的な誘因による外発的な動機づけは機能しにくく、それどころか外生的な誘因が利用されることは内発的な動機づけを毀損する可能性さえある。外側から監視する必要のない、あくまでも内発的に動機づけられた労働の主体をどのように構築するのかがポストフォード主義的蓄積体制の基礎となる。その一翼を担うのが新自由主義の言説であり、それは起業者的な自己 entrepreneurial self を広汎に創出するように作動している。言説の配置によって資本蓄積を駆動させようとするソフト資本主義が出現しつつある。