【2007/12/13 経済学部講演会の模様】

生活環境主義をめぐって
―「魚のゆりかご水田」プロジェクトを手掛りに―

西川宗右衛門  (愛西土地改良区事務局長)

   環境問題と取り組むにあたって、科学・技術の開発を通じて自然に対する支配・管理能力を強めることに偏るのでもなく、逆に人の手の入らない自然の保全を偏重するのでもなく、各地域に固有の風土や歴史を通じて培われてきた生活文化及びそれを体現した地域共同体に息づいてきた暮らしの知恵を生かすことによって人間と自然との共生を図ろうとする第3の立場を鳥越皓之氏や嘉田由紀子氏は「生活環境主義」と名付けている。こうした立場は両氏らによる琵琶湖周辺をフィールドとした社会学的、民俗学的研究の成果でもあるのだが、湖東に位置する愛西土地改良区において滋賀県の支援を受けつつ西川事務局長が中心となって展開されている「魚のゆりかご水田」プロジェクトもまさしくこうした立場からのきわめて興味深い取り組みと言えよう。
  講演は、同プロジェクトのバックグラウンドの理解を促進するために同地域の過去及び現在の農業事情や土地改良区の役割を説明することから始められた。湿地帯のなかで田舟を使った、労苦の多かったかつての農業の様子、琵琶湖−内湖−クリーク−水田を多様な生き物が自由に行き交った時代の思い出、昭和30年代以降の排水改良事業や琵琶湖総合開発に伴う圃場整備、逆水灌漑の進捗、土地改良区の現在の事業などが映像資料を駆使してわかりやすく説明されるとともに、農地流動化の状況が担い手農家数の推移と重ね合わせながら解説され、現代農業や農村が抱える課題も浮き彫りにされた。
  そのうえで、圃場整備により水田と水路との間に大きな段差が生み出されてかつてのように魚が琵琶湖から水田に遡上することができなくなった状況を打破して、魚が水田で卵を産み、仔魚さらに稚魚へと水田で安心して育つことができるように、一部地域の排水路に何重もの小さな階段を設けて魚が遡上できる環境を整えたり、減農薬で稲を育てたりといった努力が重ねられている「魚のゆりかご水田」プロジェクトの様子が、排水路を遡上する鯰や水田を遊泳する稚魚、あるいは同プロジェクトに参加して活躍している近隣小学校の児童たちの様子を写したビデオ映像を交えて生き生きと紹介された。とともに、田舟体験イベントなど、この地域の生活文化を次世代に継承してゆく努力も平行して進められていることもまた紹介された。
  琵琶湖の水質改善に関しては、森林、田畑、道路などノンポイントソースに関心が向けられるようになっている。また、琵琶湖の漁獲量−郷土料理など生活文化とも深く関連−が激減していることも周知のとおりであって、琵琶湖の抱えるこうした今日的課題に生活環境主義の立場から興味深いチャレンジがなされうることが講演を通じてよく理解された。たしかに、質疑応答のなかにもあったように、経営的にはこのプロジェクトはなお自立的状況にはなく、ブランド米としての消費者への浸透努力など課題が残されている。また、地域の協力者を得ることも必ずしも順風満帆というわけではない。だが、なにより、農業者として消費者に安心・安全なお米を提供したいという西川氏の熱い想いがよく伝わる講演であった。多忙ななかこうした講演を提供してくださった西川氏に厚く感謝したい。                                         梅澤直樹