【10/27 経済学部講演会の模様】

『戦争を語り継ぐ』

    *映画「蟻の兵隊」上映

池谷 薫 氏 (映画監督)

 映画監督池谷薫さんの講演会は、彼の撮った映画「蟻の兵隊」の上映後におこなわれた(映画上映は、滋賀大学彦根地区生活協同組合主催。なお、映画上映まえに、あとで監督の講演があると告げられていたのに、映画をみたものの半数以上が映画終了と同時に退席したことは、とても残念だった)。映画上映にさきだって、池谷さんは、浴びるように奥村和一というひとを感じてほしい、とこの映画の見方をあらかじめ示していた。「蟻の兵隊」とは、1945年以降に中国大陸の山西省に残留した、あるいは残留させられた部隊の兵士たちが、その手記を書くときにみずからにつけた名である。この比喩には、みずからの意思と決断とにかかわりなく行動をとる集団への自戒と、そしていくらかの自嘲と、あるいは諦念や自己抱擁の意味が籠められてもいよう。1945年以降も中国大陸で、国民政府軍の兵士として戦い、そして共産党の捕虜となったのちに日本へようやく引き揚げた、数奇な運命をたどったと表現されるにちがいない元日本兵を主人公とした「ドキュメンタリー映画」が、「蟻の兵隊」である。
 その概要を知りたいならば、主役の奥村和一ほかの著書『私は「蟻の兵隊」だった−中国に残された日本兵』(岩波ジュニア新書、2006年)と石川れい子編『「蟻の兵隊」パンフレット』(蓮ユニバース、2006年)を読んでいただくとして、ここでは、池谷監督の講演にそくした記録を残そう。
 珍奇なともいえる体験をした奥村和一を感じる、とは、この映画をみたものの、なにが、どうなることなのか。監督は、自分だったらどうだったかと問われること、という。ここでは、奥村和一が初年兵のときにうけた肝試しの機会としての刺突訓練が想い浮かべられている。自分もそうした、そう、肝試し、訓練として中国人を殺害しただろう、と監督は陳べた。そうおもったときに、戦争が近く感じとることができる、そうしたいわば疑似体験を経ることによって、奥村和一はわたしたちに「戦争の手触り」を伝えている、と監督はいう。つまり、戦争を実感する、ということなのだろう。奥村和一の体験を知り、それをわが身にひきつけて感じる・考えることをとおして、「戦争を語り継ぐ」という責務が、いまこの戦後60年を経た時代に、果たせることとなる。
 ここには、戦争を知らない世代による戦後責任の果たし方の、その一端が示されている。ただしそのもう一端には、あるいは、戦争についての認識と表現をめぐる筋の絡みあいの複数の端には、戦争のリアリティや、戦争の伝え方や、戦争像の表わし方といったいくつもの〈戦争という問い〉がつながっていて、そうかんたんには、戦争を語れない、戦争を感じとれないというポジションに立て、と指示されているのである。「蟻の兵隊」は、わたしたちの始まりとなった。(経済学部助教授 阿部安成)