【2008/1/31 経済学部ワークショップの模様】

―Texture in Cultural Backyard U―
「言語とコミュニケーションの生態系
 ―トトロはいかにしてTotoroになったか―」

井上逸兵(慶応義塾大学法学部教授)

  人はコミュニケーションを行う際、ことばを用いる。ことばを用いる以上、話し手・聞き手の両者ともに同じ言語の文法を獲得していなければならないのは当然であるが、それだけで十分に話が通じるかと言えば、そうでないことは多くの人が経験しているだろう。言いたいことが伝わらないこともあれば、誤解されてしまうことも日常的によくあることである。
 今回の井上逸兵教授のご報告では、コミュニケーションにおいて、文法・語彙のようなもの(主トラック)だけではなく、韻律・非言語的シグナル・文体の切り替えといった、一般的には(理論言語学上でも)「おまけ」と考えられがちな要素(副トラック)が、いかに重要な役割を果たし、場合によっては、主トラックの字義的意味を大きく変えてしまう(例えば、皮肉など)ほどの力があることを、豊富に具体例を提示することで、言語学の予備知識がない人でも分かりやすく説明してくださった。
 例えば、"Exact change, please."といったごく平凡な日常的表現であっても、強勢の置き方によっては、英語の非母語話者である話し手は丁寧に言った「つもり」でも、英語母語話者である聞き手にとってかなり不快に感じることもある。異文化間コミュニケーション論の観点において重要なことは、この手の「間違い」は、話し手の言語能力が原因の間違いであるとみなされるのではなく、通常の強勢をあえて変えることによって話し手が選択した「聞き手に対する特別な態度」を表明していると誤解されてしまいがちであるという点である。従来の異文化間コミュニケーション論では各文化の特徴を単に羅列するに留めることが多かったが、異文化の出会いによってどのようなコミュニケーションの場が生まれるのか、その際に誤解はどのようなメカニズムで生じてしまうのかといった、いわば相互行為的な観点からの今回のご発表は、アカデミックレベルにおいて新たな視点を提供してくれたのみならず、日常生活において実際に我々がコミュニケーションする際に誤解をしない(あるいは誤解をされない)ようにするための指針を与えてくれたという点においても、非常に有意義なものであった。参加者11名。(出原健一)