【2007/7/12 経済学部ワークショップの模様】

―Texture in Cultural Backyard U―
「井伊直弼という歴史」

小林 隆(彦根市史編さん室)
阿部 安成 准教授

 今回のワークショップでは、彦根では郷土の偉人として評価され、あるいはそれ以外のところでは、開国の偉人と賞讃されるか国賊とまで弾劾されるか評価のわかれる井伊直弼について、その顕彰や記念がどのようにおこなわれてきたのか、いわば直弼の〈その後〉を考えてみた。
 小林隆さん(彦根市史編さん室)の論題「彦根における井伊直弼名誉回復のあゆみ」は、3つの時期に区分されてそれが論じられた。第1世代が担った名誉回復運動の始まりは1881年を端緒とする。そこでは、旧彦根藩士など直弼にゆかりのある人びとが、記念碑建立運動や誕辰祭実施などで、直弼への思いをひろく伝えようと努めた。
 第2世代は、直弼の功績の顕彰と宣伝をおこなった。それは1888年の島田三郎による『開国始末』の刊行に始まる。ここでは、中村勝麻呂の『井伊大老と開港』(1909年)や北村寿四郎の『世界の平和を謀る井伊大老とハリス』(1934年)の公刊もみられた。また、井伊直弼朝臣顕彰会(1939年)、彦根史談会(1941年)、井伊大老史実研究会(1948年)の活動など、史料の整理や収集などもおこないながら、水戸や薩長による歴史観をあらためて、直弼についての史実が明らかにされようとした。
 戦後の動向としては、1960年代の「大老開国百年祭」の実施や、NHK大河ドラマ第1回「花の生涯」の放映により、彦根市民のあいだに、直弼の名誉回復がはかられたとする雰囲気がひろがったり、東京大学史料編纂所や彦根市による直弼や井伊家にかかわる史料の調査や研究が進められたりしたことが指摘された。
 彦根での直弼名誉回復のあゆみは、@直弼への関心を高め、直弼への思いを共有しようとした時期、A正しい歴史を示し、直弼の評価が正されようとする時期、B名誉回復は「花の生涯」放映でひとまず終わったとうけとめられ、ついで直弼から井伊家へ、そして彦根藩の研究へと展開していった時期、となると小林さんはまとめた。
 阿部報告「記念碑としての直弼」の内容は、近日中に発行される滋賀大学経済学部ワーキングペーパーを参照していただきたい。
 2報告をふまえてフロアもまじえた議論では、このワークショップのきっかけともなった、国宝・彦根城築城400年祭の検討や批評にもおよび、このイヴェントの中核には直弼復権があるのではないか、それをおこなう最後の機会かもしれない、「築城」の記念や顕彰であれば直弼ひとりをとりあげるのではなく、とりわけ直政、直孝のそれが必要だろう、「開国カンファレンス彦根ステージ」は、直弼ひとりを顕彰することが目的ではなく、直弼がどのように顕彰されてきたのかをめぐる彦根市民の動向や、彦根市民の直弼観をとらえることが目指されていた、といったコメントが出された。
 ときおり激しい風と雨にみまわれたなか、市民の出席が得られ、開催中の400年祭の検討もおこなわれるという意義のあるワークショップとなった。出席者18名。(阿部安成)