【2007/12/7 経済学部ワークショップの模様】

―Asian Studies Workshop 参―
「満鉄のインテリジェンス―国策と情報―」

加藤 聖文
(国文学研究資料館アーカイブズ系助教)

 加藤聖文さんは、昨年11月に『満鉄全史−「国策会社」の全貌』(講談社選書メチエ)を上梓なさいました(書評はつぎを参照 http://book.asahi.com/review/TKY200701160249.html)。南満洲鉄道株式会社(満鉄)創立の1906年から百年経ったところでの史誌刊行となったのです。そこでの論点の1つは、「満鉄の本質は政治性」にあること、そして課題として、「政治の視点から国策会社満鉄の創立から消滅までの歴史をたどるなかで、近代日本が「国策」という名の下に推し進め、多くの民族の運命を翻弄していった満洲支配とはいかなるものであったのかを描くこと」が掲げられました。「満鉄の歴史を顧みるなかで、場当たり的な国策しかなしえなかった日本の根本的な欠陥とそれに翻弄された満鉄の実態」をわたしたちは直視しなければならない、これが加藤さんの著書における結語でした。
 加藤さんはまた、わたしたち滋賀大学経済経営研究所が所蔵する「満洲引揚資料」の整理作業にもくわわってくださり、多くのご教示もくださっておられます(加藤さんの「引揚げ」についてのお仕事は、『彦根論叢』第348号、第349号に掲載の「「引揚げ」という歴史の問い方」や、科研費報告書の『海外引揚問題と戦後日本人の東アジア観形成に関する基盤的研究』を参照)。その加藤さんに、満鉄による情報の収集、満鉄を軸とした知の展開についてご報告をお願いし、それが今回のワークショップとなりました。
 論題にいう「インテリジェンス」とは、現地や文献の調査、情報や資料の収集、それらをもとにした研究、それらを可能とする組織や人事や人脈――こうしたものを総合する概念とわたしは受け取りました。満鉄とは、その調査部に代表される調査機関(シンクタンク)というイメージがひろくゆきわたっているだろうが、実際には、各地の地方事務所(とりわけ哈爾濱のそれ)がその高い情報収集能力を駆使した活動をおこなっていた、と戦後のわたしたちの満鉄観を更新することが、ご報告の1つの目的となっていました。
 加藤報告の構成は、「T.調査機関の変遷」「U.情報機関の変遷」「V.満鉄の情報活動」となっていて、Vで「満鉄のインテリジェンス能力が一番発揮されたのは、第一次大戦から満洲事変まで」で、その後、「満州国」建国後には「満鉄の外交交渉機能が不要となり」、@「政策立案の要素が強くなる」、A「関東軍の下請け的性格」を持つようになり、情報収集から調査活動へと「インテリジェンス」の位置づけも変わったと示されました。
 そのうえで、「日本におけるインテリジェンスとは?」という課題に対して、@「調査報告書などの影響力の実態」、A「満鉄は調査・研究と情報収集を総合的に一体化しようと試みた唯一のケース」、B「政策への影響・国策との連関性を明らかにしていくことが課題」という論点が出されました。このところ、「学知」という用語あるいは概念によって、これまでの思想史や学史あるいは制度史と異なる歴史の書き方が試みられるようになっています。そうした動向ともかかわって、論点@にいうような、情報や知や「インテリジェンス」と「現実」との関係を問う、その問い方があらためて問題になっている研究の現状が明らかになりました。出席者11人。(阿部安成)