【8/30 経済学部ワークショップの模様】

―Asian Studies Workshop 壱―
「満洲国」国立中央博物館民俗展示場と「満洲開拓政策」

大出 尚子 氏(筑波大学大学院人文社会科学研究科)

 大出さんは、すでに、「「満洲国」国立中央博物館と「満洲国」の建国理念−副館長藤山一雄の「民族協和」構想」(『社会文化史学』46、2004年)と「満鉄開拓科学研究所設立の経緯と調査研究活動」(『満族史研究』4、2005年)という論文を発表している大学院生です。今回の彼女の報告は、「はじめに」「1.「満洲国」国立中央博物館民俗展示場「北満の農家」について」「2.日本人開拓民の住宅建設」「3.満鉄開拓科学研究所と民俗展示」「おわりに」の順と構成で進められました。ここで議論の対象となる国立中央博物館については、いくつかの先行研究があり、それらをふまえて、大出さんは、「 満洲国」 の政治や社会情勢がどのように博物館とその展示に作用したのか、という観点から考察をおこないました。  国立中央博物館副館長の藤山一雄企画主導者としてつくられた同館民俗展示場第一号館である「北満の農家」(1941年竣工)という漢族の家屋は、特にその採暖方法の展示に特徴がみられました。それは、日本からの開拓民が適合できない「満洲」の実状と、満鉄開拓科学研究所(1939年設立、所長暉峻義等)の研究成果とが勘案されたものだったからです。藤山は、日本人開拓民への啓蒙運動の場として民俗展示場を構想したのでした。  こうした民俗展示場建設の過程と経緯を明らかにする作業をとおして、大出さんは、「民族協和」を唱える「 満洲国」にあって、藤山による「満洲開拓政策」への批判は適切だったこと、しかし、藤山の政策批判は、戦後に編纂された『満洲国史』(満洲国史編纂刊行会編輯、満蒙同胞援護会発行、総論1970年、各論1971年)では削除されてしまったこと、を主張しました。  「満洲」における、そして「満洲」をめぐる、風土と生活経験と科学の結節として国立中央博物館の民俗展示があること、藤山一雄、そして暉峻義等(ひいては、日本労働科学研究所という場、労働科学という知)の戦中と戦後、などを論点とした議論がおこなわれました。出席者6名。(大出尚子、阿部安成)